矢井田 瞳12thアルバム『オールライト』アルバムリリース記念インタビュー 2022年9月7日(水)実施アルバム公開インタビューより
2022年9月7日(水)に矢井田 瞳オフィシャルYouTubeチャンネルにて放送された
芳麗さんによるアルバム公開インタビューの記事となります。
矢井田 瞳さん アルバムリリース記念インタビュー
耳心地良く心に残る歌声、思わず口ずさみたくなるフレーズ……。矢井田 瞳がこれまで紡いできたのは、いつも、私たちのそばにいてくれる音楽だ。2年ぶりにリリースするアルバム『オールライト』は、そんな彼女ならではの魅力がより深化している。
さらには、この2年間、誰にとっても大変だったであろう時間の悲喜こもごもをまるごと抱きしめて浄化してくれるような、包容力にも溢れている一枚だ。みずみずしさと成熟、静かな諦観と明るい希望の両方が含まれている。本作はいかに紡がれたのか。
記念すべきリリース日の9月7日に行われた公開生インタビューにて、制作背景や楽曲に込めた思い。そして、23年目のヤイコが今、感じていることをじっくりと聞きました。
Interview&Writing by 芳麗
●フレーズだけでも思いが伝わってくる。ヤイコの楽曲と歌唱の力
――新作『オールライト』はサウンドは色とりどりですし、歌詞も希望に満ちたものからシニカル、内省的なものまでバラエティ豊かです。でも、どれも聴き手の日常、心の中にすっと入り込んでくる親しみやすさや優しさがあって。ヤイコさんの歌は、聴き手に寄り添ってくれるところが改めて魅力だし、大きな包容力も感じる1枚でした。
「嬉しいです。本作はコロナ禍に制作していたんですけど、その影響は出ているだろうなと。今、この世の中にどんなアルバムを出そうかなと考えた時、マイナー調の暗い曲でもポップソングでも、どこかに“救い”は入れたいなと思いながら、曲を書き溜めていきました。結果、さまざまなサウンドが生まれましたけど、どれも誰かの背中をトンっと押せるような楽曲になればいいなと。1曲1曲にそんな願いを込めて作りました」
――今作はアルバムの制作期間は設定しなかったとか?
「そう。そこも初めての試みですね。これまではリリース日を設定してから逆算して制作スケジュールを立てて、まとめてレコーディングしていましたけど。今回はリリース日を決めないまま、曲作り自体は2年前からスタートして。その時々の直感や内から湧き出るもので曲を作ってはレコーディングするを繰り返しました。それがやっとまとまった感じです」
――この2年間のヤイコさんの日記というか、思いの足跡が出ているということですよね。この2年間で、コロナは常態になっていきましたが、ヤイコさんの日々の生活や音楽への思いはどんな風に変化して行きましたか?
「まだ渦中にいるから、何とも答えは出せないです。コロナが始まった当初は、思考停止してしまって。この大変な時代、音楽にできることは何かあるんだろうかと。ステイホーム中、時間はあるから、ギターは触っていたし、新しいメロディも自然と浮かぶけれど。一方、歌詞が全然出てこなくて……。この言葉は誰かを傷つけるかもしれないと思ったら、何も書けなくなってしまったんです」
――そうだったんですね。
「でも、『あなたのSTORY』という前作に入れた曲が書けてから変わりました。この曲は、コロナ禍でみんなが抱いている気持ちをメッセージで募集して、それをまとめて私なりの言葉にして歌った曲なんです。この曲をきっかけにまた心の歯車が回り出してくれて……。今作のように、サウンドはさまざまでも、何かしらの救いが描きたいなと思うようになりました」
――今作は、決して、まっすぐな希望の曲ばかりを歌っているわけではないですよね。『ずっとそばで見守っているよ』のような深い愛にもとづく希望の曲もありますが、『オンナジコトノクリカエシ』のように内省的でシニカルな中にも救いが垣間見える曲もあります。
「自分のネガティブな部分や不安ともしっかり向き合うことで、誰かと心の底で繋がれるんじゃないかなと気付けたから、より内省的になっていたかも。それから、これは私の趣味嗜好ですけど、シニカルな歌詞にはキュートなサウンド、逆にゴリゴリのサウンドには可愛い歌詞が好き。サウンド、歌詞、アレンジの3点セットでバランスを考えたいし、私なりの世界観を作りたいんですよね(笑)」
――ハズしの美学ですね(笑)。
「それから、『オンナジコトノクリカエシ』もそうですけど、言葉の耳障りとサウンドのフィット感は大切にしています」
――サウンドと言葉のフィット感でいえば、『さらりさら』もジャストフィット。ヤイコさんの楽曲は自然と口ずさみたくなるし、耳にも心にも残る。歌詞も聴き込むほど面白いけど、このフレーズとサウンドだけで楽曲に込めた思いが伝わってくるんですよ。オンナジコトノクリカエシ〜♪ って一緒に口ずさむだけで、この鬱屈感を共有できている(笑)。
「嬉しいなぁ。ありがとうございます(笑)」
――本作は、ヤイコさんのリアルな生活や人生から生まれたんだろうなと感じさせる曲も多いですよね。たとえば、『駒沢公園』とか。聴いていると、日常の光景と心象風景が鮮やかに浮かび上がってきて胸がいっぱいになりました。
「この曲は、ある日、娘がニュース番組を観ている時に、『何で戦争するの? どうして終わらないの?』と聞いてきて。私、ドキッとしちゃったんです。現時点での私なりの言葉は返せるけれど、それを鵜呑みにして欲しくないなと。これから彼女は……彼女に限らず、子供たちは、成長過程で、さまざまな疑問や理不尽に出会っていきますよね。『どうしてこんなことが?』と思うこともあると思います。その時、大人の言葉を鵜呑みにせず、自分自身でいろんな挑戦をして思考して可能性を探っていって欲しいから」
――そんな子供の疑問に対して、《憎しみを知り、それでも愛することを選んでね》と歌う言葉がとても印象的でした。
「心身を費やして挑戦したり、仲間と手を取り合って前に進もうとすると、無傷ではいられない。きっと過程では憎しみに出会ってしまうと思う。でも、そんなマイナス感情も超えて愛することを選んで欲しいなと。そんなことを思いが湧き上がってきたのが、駒沢公園にいた時でした」
――東京・世田谷区の公園。
「はい。お正月、駒沢公園に凧揚げできる広場が開放されていたんです。そこで色んな人が凧をあげているのを見に行ったんですけど。子供が自分で絵を描いた可愛い凧から、大人気ない大人のものすごく高級そうな凧まで(笑)、色とりどりの凧が空に舞い上がっているのを眺めていたら、この曲のイメージがパーっと浮かんできたんです」
――MVもとても素敵でしたが、楽曲と歌声を聴いているだけでも、短編映画のように情景と複雑な心模様が鮮やかに見えるような曲でした。それから、この曲も『ずっとそばで見守ってるよ』などもそうですが、身近なことを歌いながらも、実は社会全体のことを歌ってもいますよね。
「はい。それは自分が母親になった頃からですね。子育てを始めてから、今、世界で起きていることで、自分に関係ないことは1つも無いんだなと気づいた瞬間があって。全ては、自分の生活の地続きにあるものだという考えに変わってからは、社会の問題にも私なりに向き合うようになったんです。と同時に、いっそう身近なものや人を大切にできるようなりましたね」
●音楽に生かされている。23年目のヤイコの思い
初めてインタビューしながら体感したのは、彼女の音楽へのまっすぐな思い。23年前。ギターを弾いて歌うことが大好きだった、20歳の女の子が、デビュー直後、すぐに大ブレイク。大きな波に乗りながら、時に飲み込まれそうになりながらも、この道を歩いてきた。アーティストとしてはもちろん、地に足のついた生活人としても、健やかに成熟し続けている。一方、ずっと変わらぬ一途な愛を音楽に注ぎ続けている人。
――今年、デビューして23年目なんですよね。ヤイコさん、インスタのプロフィールに『曲を書いたりギターを弾いたり唄ったりしています。それが好きだし、きっとずっとそれをします』って書かれていて。あれに何だかキュンとしました(笑)。実際、その通りに生きている人だなぁと。
「あはは! でも、それって私じゃなくて音楽がすごいんですよ! 曲作りは、私にとって楽しいことだけではない。むしろ、苦しい。でも、日常の中でメロディや歌が浮かんだ時は、苦しくても大変でも、ちゃんと向き合って形にしないと、何だかサボっている気がしちゃうし(笑)。乗り越えて、何とか形になった時やそれを聴いてもらえた時の喜びは何ものにも変え難いから」
――これまでに、音楽を辞めたいと思われたことはありますか?
「2回くらい分岐点はあったんです。1度目はデビュー5年目の2005年頃。デビューからの5年間は怒涛で、何度か倒れたほど猛ダッシュしていたから。ふと、もう全てを出し切ってしまった。自分よりすごい人はたくさんいるし、この辺で終わりかなと思ってしまったんです。でも、勇気を出してミュージシャンの先輩たち……たとえば、HEATWAVEの山口洋さんに相談したら、『ひとりでやっているからポキっと折れちゃうんだよ。しんどい時は誰かと一緒に曲を書いてもいい。誰かと一緒に音楽をするってとても楽しいよ』という旨のアドバイスいただいて。誰かに頼れば、役割分担すれば、1×1が100 にも10000にもなるんだよと。目から鱗でした。それまでの私は、自分のダメさ加減がバレるのが怖くて、音楽フェス出演やコラボも避けていたんです。でも、その言葉を聞いて、思い切って飛び込んでみたら、すごく楽しかったし、その先に進む力が湧いてきました」
――とても良い話。誰かと繋がることで前に進めたんですね。
「はい。もう1つの分岐点は、出産ですね。誰しもそうだと思うけど、母になったばかりの頃は、社会と断絶されたような気分になって。体もガタガタ……関節もキシキシいうし、眠れなくて大変で(笑)。その時、私は母としての道一本の生き方もありかもしれないなと、思ったんですけど。2ヶ月もすると、気づけば、リビングに転がっているギターを弾いて癒されている自分がいた。自然と曲が生まれていって、この曲をどうにかしたいと思ってミュージシャンの友達に連絡している時、ああ、私は音楽を通じて社会と繋がっているんだなと。私は音楽があるからこそ、喜怒哀楽や思考も表現できるし、社会と関われるんだということを強く再認識して。結局は、音楽への想いがいっそう強くなったし、その後は、心折れることなくやってきました」
――ますます一途になられた。
「音楽って終わりがないし、正解もないから。この曲が書けたら合格というのもないし(笑)。バラードが書けたら、今度はアップテンポな曲が書きたくなって、それが書けたら、また違う曲を書きたくなって……もうエンドレスループなんです(笑)。人から評価されることもありがたいけど、その評価は自分の満足度と一致しないことがほとんどなのももどかしい。ライヴに関しても同じです。全てが一致することはほぼなくて、だからこそ、ものすごく魅力的なんです。音楽は……」
●年齢とキャリアを重ねるほど幸せを感じる。ヤイコのライヴへの想い。
1時間のインタビューは、多くのリスナーに見守っていただきながら、和やかなムードであっという間に終了。「リリース日は、聴いてくれた人の感想が楽しみでいつもワクワクしている」と語っていたヤイコ。その心は、すでに10月7日に始まるライヴへと向かっているよう。
――リリース記念のライヴもうすぐですね!
「めちゃくちゃ楽しみです。アルバムって、制作が終わっても完成じゃない。リリースして、それからライヴで披露するところまでがワンセットだから。みなさんに聴いてもらって、一緒にあの場を味わって、やっと私の中では完成なんですよ。だから、今回はアルバムリリースして、こうしてすぐにライヴができることがすごく嬉しいです」
――しかも、アルバムに参加してくださった、レコーディングメンバーが、そのままライヴのバンドメンバーとして出演されるとか。
「そう! ほとんどがデビュー当時からお世話になってるミュージシャンの方々です。ドラムが水野雅昭さん、ベースがFIREさん、キーボードが鶴谷崇さん、ギターが西川進さん。だから、今回は『オールライト』が中心のセットリストになる予定ですが、デビュー当時の楽曲もやります。それも当時の本物……たとえば、ススムン(西川進)が弾くギターリフとかも、そのままの音色でお届けできたりすると思うので、絶対楽しいと思います!」
――それは貴重な一夜になりそうです。
「最近、SNSのコメントとか見てると、「今回のライブは10年ぶりに行くよ」とか「子育ても落ち着いたかし、久々に行くよ」とおっしゃってくださる方もたくさんいて。それもすごく嬉しいなと。こうして、長くやってきてよかったなと(笑)」
――まさに、音楽を続けていく醍醐味の1つですよね。
「私にとって、音楽を作ることと歌うことは、やっぱり人生そのものなんですよね。デビュー当時は、音楽を作る時間と友達との時間、仕事の時間、自分の時間は別々だったし、友達と仕事仲間とファンの方々も全部バラバラだったんですけど。今は全部がつながりあっている感覚があります。全部が大切だし、私という円の中にあるみたいな感じですね。そんな感覚って無いですか?」
--たしかに、年齢と経験を重ねるにつれ、これまで刻んできた点と点が太い線になっていく感覚はありますよね。それを実感できるのは、ヤイコさんが音楽や人生や人間関係を一途に大切にされてきたからだと思います。
「縁にも運にも恵まれているんですよ。そう、私ね、おばあちゃんになるまで歌うのが夢だから。いつしかボケて同じ曲を何回も繰り返しちゃうようになるかもしれないけど(笑)。みなさん、これからもよろしくお願いします」